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本日2017年9月1日付けで、京朋株式会社はツカキ株式会社の100%子会社として新設される、株式会社京朋へ製造卸業を事業譲渡いたしました。62年営んできた祖業を他社に譲渡するというのは、後継者不足に悩む全国の中小企業においてもまだまだ事例が多いわけではなく、特に京都の和装産業という保守本流を地で行く業界ではなかなかその本質が理解されにくいので、今回の事業譲渡の背景とその意図について少し説明させていただきます。

私は次男だったため、会社を継がずに一般企業へ就職する予定でしたが、色々なドラマがあり、今から11年前の2006年4月に新卒の新入社員として京朋株式会社へ入社しました。入社直前に愛染蔵、入社直後にたけうちという当時の呉服小売業売上ランキング上位の会社が相次いで破綻し、同時期に先代社長である父の癌が再発したため、入社して15ヵ月後の2007年7月に専務取締役、同年12月に先代社長の急逝に伴い、代表取締役に就任。その後も2008年リーマンショック、2011年東日本大震災、2014年消費税8%へ増税という、前世で何かやらかしたのかと思ってしまうレベルの困難が次から次へとやってきましたが、周りの方々に助けられ、今日まで何とか生き残ることができました。

入社した2006年時点で借入金20億円。事業の採算面も実態としては厳しい状況で、あらゆる手を尽くして営業利益を叩き出したとしても、借入金の金利支払いで無くなってしまうため、借金の元本がいつまでも返済できないという事実上「詰んだ」状況でありました。

結果的に現在では着物のレンタルサービスという事業展開をしておりますが、元々レンタルビジネスに知見があったわけではありません。きものという軸足から外れない範囲で営業利益率が高いビジネスを生み出せなければ、いずれ法的整理せざるを得なくなるという強い危機感からの、一か八かの業態転換であったというのが本当のところです。

ただ、最近はきものという共通点はあっても、まったくシナジーが無い業種を同じグループの中で展開していることにより、それぞれの事業の本来の価値が分かりにくくなっているという指摘を受けるようになりました。一方で、京朋には62年間営んできた製造卸業として蓄積されているノウハウ、ナレッジ、ブランドがあり、それに対しては他社からも一定の評価をされるのではないかと、事業譲渡などの経験が豊富な友人からのアドバイスもありました。これらのことがきっかけで、白生地を調達し、染めたきものを長い流通で卸していくためには多くの運転資金が必要であるため、資本力がある会社の下で事業を展開していく方が、当社の製造卸業に関わる全ての人たちにとってもベターなのではないかと考えるようになり、製造卸業の譲渡先を探すことにしました。

これは2012年頃から社内向けにも打ち出していた、きものにまつわる全てのバリューチェーンを抑えていこうという、きものリーディングカンパニー構想の延長線上の話でもあります。すべての会社毎に代表取締役、財務経理・人事総務などの本部人員や本部経費がかかり、会社毎に利益を確保しようとすればするほど、きものの上代が高くなるという構造上の問題を解決するためには、バリューチェーン毎に企業が集約・統合されていくのは当然ですし、すでに都市銀行や百貨店では10年以上前に再編が行われています。

京朋というブランド、製造卸事業とそこで働く社員、仕入先様、得意先様、すべての方々にとって良い選択は何であろうかということを突き詰めて考え、文字通り汗をかいて動いた結果のこの事業譲渡は、京朋にとって最高のスキームを実現できたと自信を持って断言できます。

損か得か、という判断では製造卸業は買えません。大局的な観点に立ち、京友禅のインフラを支える大義を掲げなければ、この決断は有り得なかっただろうと思います。そういう意味においても、ツカキグループの塚本社長の懐の深いご英断がベースにあり、関係するすべての方々のお力添えで培ってきた62年間の京朋というブランドが、ここに来て本来の価値を発揮したのでしょう。

実は、かなり前から私の代で世襲を止めると社内では明言しておりましたが、同時にそれは私の悲願でもありました。決して世襲自体を否定しているわけではありませんが、京朋の場合は世襲ではない形で事業を継承していく方がベターだと確信していたからであります。思いもよらない形で、製造卸事業としてそれを実現できたことは、何よりもの喜びであると同時に、社員の中に次のバトンを渡せる経営者が居たということに対しては、感謝の言葉しかありません。約9年前、3名の若手を部長任命し、その内の2名は結果的にそれぞれの道を選ぶことになりましたが、残ってくれた(年上ですが)彼は、最初は商品部の責任者として、近年は執行役員として製造卸業を背負ってくれました。そして厳しい商況下、なかなか結果が出ない中でも諦めることなく、年々気性が荒くなっていくと同時に、色々とやらかしてしまう私のサポートも最大限にしてくれていました。本来であれば、私の近くに居て欲しい気持ちもありましたが、彼でなければ新会社を託せないという判断の元で、打診をし、受けてくれました。

入社して11年、経営者としては約10年、多くの方々から応援していただいたことで、本日まで看板を降ろすことなくやってくることが出来ました。また、諸先輩方からいただいたあらゆる教えが、私の血となり肉となっています。この譲渡が新生京朋にとっても、本日より始動する新会社サニーデイサービスにとっても正解だったということは、共に結果で示していきたいと思います。

本日2017年9月1日は私が京朋へ入社して4170日目です。4170日間の戦いが終わり、明日からはまた新しい戦いが始まります。京朋株式会社 代表取締役、最後の日に。室木英人