10年

明々後日の12月18日は、先代社長でもある父の命日です。あれから、遂に10年が経ちました。

当時は横浜で療養していたため、昭和大学病院で最期を看取りました。深夜に息を引き取った後、↓だったなぁと、この時期が来ると今でも思い返します。

この10年間はあまりにも色々な出来事・事件・トラブル・ハプニング・・・etcがあったため、そう簡単に振り返ることも出来ません。ただ、今の社屋の前の前の自社ビルだった時に、5階の会議室で父から癌の再発について聞かされた時が、今となっては自分にとって一番大きな決断をしたタイミングだったように思います。父は前の年に尿管癌を患い、幸い早期発見だったためすぐに摘出手術を行ったのですが、59歳という若さもあり、癌細胞の病理検査ではステージ4まで進行していましたことが後に発覚。下半身の癌は再発する可能性が高いと言われていたとは言え、まさかそれが現実になるとは・・・と二人で文字通り頭を抱え、これからどうするのかを話し合いました。当時私は25歳、入社してようやく半年というところで、後は任せろと言えるようなレベルではありません。「会社、たたむか・・・」生まれて初めて父の口から弱気な発言を聞いた瞬間、脊髄反射で「そんなわけにはいかんでしょう!」と威勢良く言ったのが後の祭り。(元々そうだったという説もありますが)ジェットコースター人生の始まりでした。

今になってやっと言えることではありますが、そもそも内定していた会社を辞退して、父が経営する会社に新卒として入社したこと、父の癌が再発した時に自ら全てを引き受けると言ったこと(そしてそれは当時で約20億円の借入金に対して個人保証をすることも意味します)、誇張無く数百回はその決断を後悔しました。決断をした場面にタイムスリップ出来たら、全力で止めると冗談半分で言っていたこともありますが、例えその後何が起こるのかを分かっていたとしても、実際は会社を潰すという選択肢は有り得なかったでしょう。その決断と、それから始まる(ミスジャッジもてんこもりですが)決断に次ぐ決断を積み重ねてきた結果が、今年の結果に繋がったのであろうと思います。

入社当初、あらゆる部分で昭和感たっぷり漂う業界で、仕事ではなく作業が続く日々。インテリジェントビルの綺麗なオフィスで颯爽と働き、着実にキャリアを積み重ねていく同世代の友人たちを横目で見ながら、強い劣等感を抱いていました。心の中での口癖は「こんなはずじゃなかった・・・」

次の春で入社して12年が経ちますが、どんな環境、どこの会社で働くよりも、強烈で得難い経験とキャリアを積み重ねた上で一定の成果を出せたのはこの会社に入ったからだと、やっと胸を張って言えるようになりました。

今年の命日はそんなことを、墓前に報告しようと思います。

↑2006年4月3日(月)の入社式です。若い!

京都 かしきものは2018年成人式振袖の受注獲得が真っ盛りで、年末~年明けの出荷に向けての作業が続いています。One京都店は12月26日のリニューアルオープンに向けての準備が大詰め。One浅草駅前店とTokyo135°+oneも新年早々からお客様をお迎え出来る体制を整えております。Tokyo135°原宿本店は年明け早々のNEW YEAR SALEに向けての商品手配、KIMONO VILLAは年明けからの新しい展開に向けての動き(これは年明けにお知らせします)、本部もキモノラボとの合併のための手続き関係に追われており、例年以上に気忙しい年末を迎えております。来年はコールド勝ち出来るぐらい、とにかく打ちまくって勝ちたいですね(やっぱり例えが古い)。

みなさま、良いお年を。